
成都は四川省の中心都市で、ジャイアントパンダやピリ辛の四川料理でよく知られていますが、実は「九朝古都(きゅうちょうこと)」という呼び名もあり、とても長い歴史を持つ場所です。
「九朝古都」という呼び方の意味
「九朝古都」とは、「九つの王朝が首都を置いた古い都」という意味になります。中国では昔から洛陽がこの名前で知られてきましたが、最近では成都も同じように「九朝古都」と紹介されることが増えています。ただし、成都に都を置いたのはどれも地方の勢力で、国全体を治めた本格的な王朝ではありません。
都を成都に置いた9つの政権
以下に、成都を首都あるいは政治の中心地とした9つの政権を挙げます。
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古蜀国(こしょくこく)
紀元前1045年頃~紀元前316年
蚕叢や魚鳧といった伝説上の王が治めており、三星堆遺跡や金沙遺跡からは高度な青銅器文化が見つかっています。 -
成家(せいか)
25年~36年
新の時代が終わるころ、公孫述が独立して成都で皇帝を名乗り、短い間だけ国を作りました。 -
蜀漢(しょかん/季漢)
221年~263年
三国時代に劉備が曹操に対抗するために建てた国で、諸葛亮が活躍したことで広く知られています。 -
成漢(せいかん)
304年~347年
五胡十六国時代に李雄が氐族の支援を受けて成都に国を興しました。 -
譙蜀(しょうしょ)
405年~413年
東晋の終わりごろ、譙縦が一時的にだけ独立政権を築きました。 -
前蜀(ぜんしょ)
907年~925年
唐が滅んだあと、王建が五代十国の混乱の中で成都を中心に国を立てました。 -
後蜀(こうしょ)
934年~966年
孟知祥が前蜀のあとを引き継いで国を作り、文化や経済が大きく発展しました。 -
李蜀(りしょ)
994年頃(非常に短命)
北宋の初めに李順が農民の反乱を起こして成都を一時的に占領し、自分を王としました。 -
大西(だいせい)
1644年~1647年
明の終わりに張献忠が反乱を起こして成都に入り、そこで皇帝を名乗りました。
なぜ「九朝」と数えるのか?
これらの9つの勢力はすべて、成都を首都または事実上の政治の中心にしていましたが、多くは長続きせず、全国をまとめるような大きな王朝にはなりませんでした。そのため、西安や北京、洛陽ほど「古都」として注目されることはあまりありません。
それでも、古蜀国から後蜀にかけて、成都はずっと都市として機能し続けてきましたし、金沙遺跡や武侯祠、杜甫草堂といった重要な文化財もたくさん残されています。こうした理由から、中国で特に重要な「十大古都」の一つにも選ばれているのです。








