
秦の始皇帝のお墓を守るために作られた陶器の人形・兵馬俑は、発掘された当初、赤や青、緑、紫といった鮮やかな色に彩られていたのですが、今、私たちが実際に見られる兵馬俑のほとんどは、灰色の素焼きのままになっています。
兵馬俑の塗装構造:二層から成る彩色
兵馬俑の表面は、ただ色を塗っただけの単純なつくりではなく、大きく分けて二つの層でできています。
- 下地層(生漆):漆を主成分とするベースを陶俑の表面に塗ったもの
- 色彩層(顔料):その上から鉱物を原料とする顔料で色をつけたもの
この二層構造によって、赤・青・緑・紫・白・黒など、多彩な色合いが再現されていました。その中で特に注目すべきは、中国紫(しなパープル)と呼ばれる人工的に合成された顔料が使われている点で、紀元前3世紀という時代において、これほど高度な化学技術が存在していたことの証左とされています。
彩色消失の直接的な要因:生漆の急激な乾燥
兵馬俑の色が失われた最大の理由は、下地に使われた生漆が急激に乾いたことによる剥離です。
地下に眠っていた状態
兵馬俑は約2,200年もの間、地中の密閉空間に埋もれていて、そこは湿度が非常に高い環境であり、生漆は水分をたっぷり含んだ安定した状態を保っていました。
発掘によって起きた変化
出土して外気に触れた瞬間、以下のような現象が次々と進みます。
- 生漆内部の水分が急速に蒸散する
- 生漆が縮んで、細かいひび割れが入る
- ひび割れに伴い、上に乗った顔料層もろとも剥がれ落ちる
- 結果、わずか数秒から数分で彩色が消滅する
つまり、兵馬俑の褪色は自然な経年変化ではなく、発掘という行為そのものが引き金となったものです。
褪色をさらに進めたその他の要素
生漆の乾燥以外にも、複数の要因が彩色の消失を早めました。
| 要因 | 及ぼした影響 |
|---|---|
| 紫外線 | 顔料の化学構造を変え、変色を促した |
| 酸素 | 顔料の酸化反応を誘発した |
| 微生物 | 漆層や顔料層を分解・汚染した |
| 温度変化 | 生漆の膨張と収縮を繰り返し、剥離を加速させた |
発掘直後の兵馬俑が持っていた色彩
研究の進展により、兵馬俑に施されていた主な色とその原料が明らかになっています。
- 赤:辰砂(しんしゃ)を原料とする
- 青:藍銅鉱(らんどうこう)を原料とする
- 緑:孔雀石(くじゃくいし)を原料とする
- 紫:中国紫(人工的に合成された顔料)
- 白:鉛白(えんぱく)を原料とする
- 黒:炭素系の顔料を使用
とりわけ中国紫は、酸化鉛・酸化バリウム・石英を高温で焼き合わせて作る必要があり、古代中国の科学技術が極めて高い水準にあったことを物語っています。
現在進められている保存対策
中国とドイツの共同研究を通じて、いくつかの保存技術が開発・導入されてきました。
- PEG(ポリエチレングリコール)処理:生漆内部の水分をPEGに置き換えることで、乾燥時の収縮を抑える
- 電子線硬化技術:電子線や紫外線を照射し、漆層を固めて固定する
- 環境制御型展示:温度・湿度・紫外線量を厳密に管理した展示空間の整備
これらの取り組みにより、出土直後の兵馬俑が持つ彩色を一定期間保つことが可能になりました。ただし、完全かつ長期的な保存は依然として未解決の課題です。
まとめ
兵馬俑が色を失った根本的な原因は、地中の安定した環境から外気に曝されたことで生漆が急激に乾燥し、顔料層ごと剥がれ落ちたことにあります。自然な劣化ではなく、発掘そのものが褪色の契機となりました。
現在の保存技術は着実に進歩していますが、2,200年前の鮮やかな彩色を完全な形で未来に引き継ぐことは、考古学と保存科学が引き続き向き合うべき重要なテーマです。





