秦始皇帝陵の兵馬俑は、なぜ「世界第八の奇跡」と呼ばれるのか?

秦始皇帝陵の兵馬俑は、なぜ「世界第八の奇跡」と呼ばれるのか?

ギリシャ時代に旅人たちが書き残した「古代七不思議」に中国の地下軍団を足して「八大奇跡」と呼ぶ言い方があって、その一覧と今の状態は次のようになっている。

七不思議の一覧と今の様子

番号 建造物 場所 残っているか
ギザの大ピラミッド エジプト 残っている
バビロンの空中庭園 イラク付近 なくなった
エフェソスのアルテミス神殿 トルコ なくなった
オリュンピアのゼウス巨像 ギリシャ なくなった
ハリカルナッソスのマウソロス霊廟 トルコ なくなった
ロードス島の巨像 ギリシャ なくなった
アレクサンドリア灯台 エジプト なくなった
追加 始皇帝陵兵馬俑 中国西安 残っている

この中で今も実物を見られるのは大ピラミッドだけだから、兵馬俑はそのピラミッドと並ぶ「目の前にあるすごいもの」として新しい呼び名をもらったのである。

シラク氏の発言がきっかけになったこと

一九七八年に当時フランス首相だったジャック・シラク氏が現地を見て「七不思議に加えてここは第八の奇跡と呼ぶべきだ」と言ったことをきっかけに、「世界第八大奇跡」という言い方が各国のメディアで広まって定着した。

基本データから見るすごさ

項目 数値・情報
位置 陝西省西安市臨潼区(帝陵の東約一・五キロ)
着工 紀元前二四六年(秦王政十三年、即位と同時)
工期 約三十八年間
発見 一九七四年三月
世界遺産登録 一九八七年(文化遺産)
坑道総面積 二万平方メートル以上
出土人形 約八千体
出土馬形 六百頭以上
出土車両 百三十両以上
人形の身長 平均約一・八メートル(最大一・九六メートル)

三つの坑道が「品」の字形に並んでいること

主な三つの坑は上から見ると漢字の「品」の形に並んでいて、それぞれ次のような特徴がある。

第一号坑(約一万四千二百六十平方メートル)

  • いちばん広い区域で歩兵と戦車による主力部隊が並び、六千体以上の陶俑が整列していると推定されていて、一九七九年から一般公開されている

第二号坑(約六千平方メートル)

  • 歩兵や騎馬、弓弩、戦車が混ざった複合陣形で、秦軍の精鋭を再現したと考えられている

第三号坑(約五百二十平方メートル)

  • 面積はいちばん小さいけれど指揮本部にあたる場所で、将軍級や高級武官の像がまとまっている

「第八の奇跡」と言われる五つの理由

❶ 他に見ないスケールであること

二万平方メートルを超える地下に等身大の人形が約八千体も実戦の並び方で置かれている例は世界中どこにもなくて、「毎日二十体ずつ見ても全部見るのに一年以上かかる」と言われるほどである。

❷ 一体一体が全部ちがう顔をしていること

すべての像は別々に作られていて表情や髪型、髭や体型が同じものはなく、今のオーダーメイドのようなことを二千二百年前にやっていて、研究者は指紋のあとから作った工匠を特定する作業もしている。

❸ すごく高い製作技術があること

  • 頭や胴、手足を別々に焼いてから組み立てる分業方式をとっていて、出土した青銅器にクロムメッキ処理が見つかり、ヨーロッパで実用化されたのは二十世纪なのに紀元前三世紀の秦で既に使われていたことがわかった
  • 道具に工匠の名前が刻んであり、品質管理の仕組みがあったこともわかっている

❹ 学術的・歴史的な価値があること

秦の軍の仕組みや武器、服や生産のやり方を立体の資料として伝えてくれる点が大きくて、文献が少ない時代を本物で語る唯一の遺跡である。

❺ よく残っていて今も見られること

七不思議のうち六つはもうないけれど、兵馬俑は地下に密封されていたおかげで二千二百年間ほぼそのまま残っていて、「実際に見られるすごいもの」という点が大ピラミッドと並ぶ評価を支えている。

ユネスコ登録の中身

一九八七年十二月十一日に「始皇帝陵と兵馬俑坑」は世界文化遺産に登録され、使われた基準は次の四つである。

  • (i) 人間の創造力の傑作であること
  • (iii) 文明や文化の独自の証拠になっていること
  • (iv) 建築や技術のはっきりした例であること
  • (vi) 広い意味を持つ出来事や考え方と直接つながっていること

登録の後に二百カ国以上の国のトップや政府の長が訪れて、「二十世紀後半でいちばん大事な考古学的発見の一つ」として世界中で知られるようになった。

発見までの流れ

一九七四年三月に臨潼区西楊村の農家が井戸を掘っていたときに陶片と青銅の鏃(やじり)が出てきて、最初は土地神の像かと思われたけれど文物当局の調べで秦代の陶俑とわかり、同じ年に第一号坑の存在が確認されて次の年には第二・三号坑もつづけて見つかったことで、このたまたまの発見がその後の考古学の流れを大きく変えたのである。

見学のための実務情報

事項 内容
正式名称 秦始皇帝陵博物院
開場時間 八時三十分〜十七時(季節で変わる)
年間入場者 約九百万人
行き方 西安駅東広場から遊五路(三〇六路)バスで約七十分
見る時間 三〜四時間が目安
注意点 一号坑はいつも混むので開場すぐの入館がおすすめ

よくある質問

Q1.「第八の奇跡」は公式な名前か?

ユネスコなどの国際機関が正式に決めた名前ではなくてシラク氏の発言をきっかけに広まった言い方だけれど、世界遺産登録の評価文書にもその価値は書いてある。

Q2. 色はついていたのか?

発掘した直後は朱や緑、紫や青などの色が残っていたけれど、空気に触れると数分ではがれるので今はほぼ素焼きの状態で、色を保つ技術の研究は今もつづいている。

Q3. 帝陵の本体は掘られたか?

『史記』には水銀の川や天文図の天井が書いてあるけれど、開けると一気に傷むおそれがあるため保存を優先する方針が続いていて、地下宮殿(地宮)はまだ開けられていない。

Q4. 何人が作ったのか?

刻まれた名前から少なくとも八十七人以上の工匠チームが確認されていて、全体では数万人が動員されたと考えられている。

まとめ

秦の兵馬俑が「第八の奇跡」と呼ばれるわけはただ大きいからだけではなくて、二千二百年前に作られた等身大で個別造形の八千体という数や近代の工業に負けないクロムメッキや分業の仕組み、古代七不思議のほとんどがなくなった中で目の前にあるめずらしい存在であること、秦の軍や社会、技術を立体的に伝えてくれる学術的な価値が合わさって、「人類文明のすごいもの」という評価を確かなものにしているので、西安に行くならまず一号坑の展望台に立って八千体の視線が一斉にこちらに来るあの感覚を自分の目で確かめてほしい。