兼愛非攻は誰が提唱したのですか?

兼愛非攻は誰が提唱したのですか?

「兼愛非攻(けんあいひこう)」という言葉を聞いたことがありますか?これは、中国の春秋戦国時代に生きていた思想家・墨子(ぼくし、Mozi)が唱えた、墨家(ぼっか)という学派のいちばん大事な教えです。

「兼愛非攻」を言い出したのは誰?

答えは墨子(Mozi)です。

墨子は紀元前470年ごろから紀元前391年ごろまで生きた人で、孔子とほぼ同じ時代の人でした。儒教に対して別の道を示そうと、自分だけのグループ「墨家」を作りました。当時の中国では国同士がしょっちゅう戦っていて、普通の人たちはとてもつらい暮らしをしていましたが、墨子は「すべての人を分けへだてなく大切にすべきだ」と言い、さらに「意味のない戦争は絶対にやめるべきだ」と強く主張しました。この二つの考えが「兼愛」と「非攻」です。

「兼愛」とはどんな意味?

「兼愛」とは、身分や国、家族のつながりに関係なく、誰に対しても同じように思いやりを持つことです。

儒教の「仁愛」は、親しい人ほどより大切にする考え方ですが、墨子はそうは思いませんでした。彼は「他人の国を自分の国のように思い、他人の家を自分の家のように考え、他人の体を自分の体と同じように扱わなければならない」と言いました。つまり、誰に対しても差別せず、平等に大切にするのが「兼愛」の本当の意味です。

「非攻」とはどんな考え方?

「非攻」とは、ほかの国を攻めるような戦争を絶対にしてはいけないという考えです。

墨子は、力のある大きな国が小さな国を攻めることを強く反対し、「大きい国は小さい国を攻めてはいけないし、強い人が弱い人をいじめてはいけない」とはっきり言っています。ただし、すべての戦いを否定していたわけではなく、自分たちを守るための戦いや、悪い王を倒す「義戦(ぎせん)」については認めていました。実際に、楚(そ)が宋(そう)を攻めようとしたとき、墨子は話し合いと城の守り方の技術を使って、その計画をやめさせました。この話は『墨子・公輸篇』に書かれています。

まとめ

「兼愛非攻」を言い出したのは、春秋戦国時代に活躍した思想家・墨子です。「兼愛」は誰に対しても分け隔てなく大切にすること、「非攻」は侵略のための戦争をしないことです。この考え方は儒教とは違って、普通の人にもわかりやすく、実際に行動に移せるものだったので、当時は「顕学(けんがく)」と呼ばれるほど広く知られていました。