
古代中国では、「丞相(じょうしょう)」は皇帝に次いで一番偉い役職で、「一人之下、万人之上(一人の下、万人の上)」という言い方がぴったりでした。
1. 丞相とは?基本的なこと
丞相というのは、皇帝を支えて国の政治全体を取りまとめる最高の役人のことです。よく「宰相(さいしょう)」という言葉も聞きますが、これはある特定の役職名ではなく、その時代で一番上の行政担当者の呼び方です。そのため、丞相がいつも宰相だとは限りません。
2. 制度のはじまり:戦国時代から秦へ
戦国時代に秦国が最初に「丞相」という役職を作り、秦武王のときには左丞相と右丞相が置かれました。その後、始皇帝が中国を統一した秦の時代(紀元前221年~)になると、「三公(丞相・太尉・御史大夫)」という仕組みができて、丞相は多くの役人をまとめながら政策を考えたり実行したりする重要な仕事を任されました。この時期の代表格は李斯(りし)で、始皇帝からとても信頼され、法家思想に基づいた中央集権の体制を支える中心人物でした。
3. 漢の時代:丞相の力が強い時期と皇帝との対立
前漢の初期には蕭何(しょうか)や曹参(そうさん)といった丞相が大きな力をもち、皇太子を選ぶことにも関与していましたが、漢武帝のあとになると、皇帝の側近たち(内廷)が次第に力をつけてきて、丞相を中心とする外の役所(外朝)の影響力は少しずつ弱まっていきました。こうして、皇帝と丞相の間で力関係のぶつかり合いが目立つようになります。
4. 隋・唐から宋の時代:三省六部制で権限が分かれる
隋・唐から宋にかけては、中書省(政策を立案)、門下省(内容をチェックして必要なら差し戻す)、尚書省(実際に仕事を進める)という三つの省が協力して政治を行う「三省六部制」が整いました。これによって、一人の丞相が強すぎる力を持つことがなくなり、代わりに皇帝の権限がさらに強くなりました。唐の時代には「同中書門下平章事」などが実質的な宰相として働いており、「丞相」という名前はほとんど形だけのものになっていました。
5. 元から明の時代:丞相制度の終わり
元の時代には地方にも「丞相」と呼ばれる役人が置かれましたが、これは中央の宰相とは別の存在でした。そして明の初め(1380年)、胡惟庸(こいよう)が反乱を起こした事件をきっかけに、明の太祖・朱元璋が中書省と丞相の役職をすべて廃止しました。それ以降は六つの省が直接皇帝に報告する仕組みになり、およそ1600年続いた丞相制度は完全に終わりを告げました。
6. まとめ
| 時代 | 特徴 | 丞相の権限 |
|---|---|---|
| 秦~漢の初め | 中央集権がはじまる | 行政・人事・軍事に広く関わる |
| 漢武帝のあと | 側近が力をつける | 少しずつ弱くなる |
| 隋・唐~宋 | 三つの省に分かれる | 分けられて協議する形になる |
| 明の初め | 制度がなくなる | 完全になくなる |
丞相制度の変化は、古代中国で皇帝と最高行政官の力がどのようにせめぎ合ってきたかをよく表しています。最終的には皇帝の力が勝ち、誰にも制限されない絶対的な権力が完成しました。








