
曹操(そうそう、155年-220年)は後漢の終わりごろ中国で活躍した政治家で軍のリーダーであり、後に魏という国を築くもとになった人物です。しかし、彼の血筋――特に「曹操は本当は『曹』という名前だったのか、それとももとは『夏侯』という家に生まれたのか?」という疑問はずっと昔から歴史を研究する人たちの間で話し合われてきました。
1. 『三国志』正史の記述:曹操のルーツははっきりしない
西晋の時代に陳寿という人が書いた『三国志・魏書・武帝紀』には、こう書かれています:
「太祖武皇帝、沛国譙の人なり。姓は曹、諱は操、字は孟徳。漢の相国・曹参の末裔なり。……養子嵩が嗣ぎ、官位は太尉に至るも、その生い立ちの真偽は誰にも確かめられぬ。」
つまり、曹操の父である曹嵩は宦官の曹騰に育てられた養子でしたが、曹嵩の本当の親が誰なのかは、当時の陳寿にも分からなかったということです。
2. 裴松之の注と『曹瞞伝』:「夏侯氏出身説」のはじまり
南朝宋の学者・裴松之が『三国志』につけた注では、当時の噂話のような本『曹瞞伝』(呉の人が書いたとされる)や郭頒の『世語』を引用して、次のように述べています:
「嵩は夏侯氏の子にして、夏侯惇の叔父なり。太祖(曹操)と惇とは従兄弟の関係にあたる。」
この一文から、「曹操は夏侯の家に生まれ、夏侯惇とはいとこ同士」という話が広まり、後に『三国演義』などにも取り入れられて、多くの人に信じられるようになりました。
ただし、『曹瞞伝』は敵の国・呉の立場から書かれたため、曹操を悪く見せようとする意図があったかもしれません。そのため、この記録をそのまま信用するのは難しいです。
3. 最近の科学による調べもの:復旦大学のDNA調査(2013年)
この長い議論に答えを出したのが、2013年に中国の復旦大学が発表した「曹操の一族に関する遺伝子の研究」です。
調査の内容:
- 全国79の曹という名字の家系(合計280人)と、ほかの名字を持つ466人の血液サンプルを集めた。
- 安徽省亳州(曹操の生まれた土地)にある「元宝坑一号墓」から出た、曹操のおじいさんの兄弟にあたる曹鼎の歯から古いDNAを取り出した。
- 現代の曹姓の人たちの遺伝子とその古いDNAを比べて、Y染色体のタイプを確認した。
分かったこと:
- 曹操の一族に共通するY染色体のタイプは O2*-M268 だった。
- このタイプは、前漢の丞相・曹参の子孫とも、今の夏侯姓の人たちとも一致しなかった。
- つまり、「曹操は曹参の子孫でもなければ、夏侯の血筋でもない」ということが明らかになった。
この結果は、国際的な学術誌『Journal of Human Genetics』にも載り、専門家の多くに受け入れられています。
4. 結論:曹操の姓は「曹」で正しい。夏侯とは関係ない
- 名字は「曹」で問題ない:育ての親である曹騰の姓を引き継いでいるため、社会的にも法律的にも「曹」で正しい。
- 夏侯の家とはつながっていない:遺伝子の分析で、その関係は否定された。
- 曹参の子孫でもない:これもDNAの結果で裏付けられていない。
- 本当の親はまだ分からない:曹嵩の実の父親については、今も「誰にも分からない」という状態が続いています。
つまり、曹操の姓は「曹」で間違いなく、「もとは夏侯だった」という話は、昔の誤解か、敵が流したうわさだったと考えるのが自然です。








