
中国の歴史でとても有名な本の一つが『三国志』です。この本を書いたのは陳寿(ちん じゅ)という人で、西晋という時代に完成させました。
1. 晋が国を一つにしたことで、過去の出来事をまとめるチャンスができた
陳寿が『三国志』を書くことができた一番大きな理由は、280年に晋が呉を倒して長く続いた三国時代が終わり、中国が再び一つの国になったことです。これによって魏・蜀・呉という三つの政権が消え、それぞれの出来事を落ち着いて見られるようになり、晋は魏から政権を受け継いだ立場だったため、魏を「正しい王朝」として扱う必要があり、その結果として陳寿は魏の指導者を「本紀」、蜀と呉の指導者を「列伝」として記録するやり方を取ることができました。
2. 宮中で歴史を書く仕事をしていたおかげで、いろいろな資料を使えた
陳寿は晋の役人として、「著作郎(ちょさくろう)」という宮中で歴史の本を作る仕事をしていました。この立場のおかげで、魏の王沈がまとめた『魏書』や魚豢の『魏略』、呉の韋昭が書いた『呉書』といった各国の記録や資料を自由に読むことができ、特に蜀には正式な歴史の記録がほとんど残っていなかったので、陳寿は自分の出身地の情報をもとに聞き取りをして、自分で『蜀書』15巻をまとめ上げました。
3. 若いころからの勉強と先生との出会いが、しっかりした歴史の書き方の土台になった
陳寿は若いときから歴史の勉強に熱心で、蜀の時代に譙周(しょう しゅう)という有名な先生に教えを受けていました。そのおかげで、『史記』や『漢書』のような昔の歴史書をよく理解することができ、後に「短くて大事なことがちゃんと書かれている」と評価されるような、わかりやすくて的確な文章の書き方を身につけることができました。また、宦官の黄皓(こう こう)に逆らって役職を失った経験があったため、権力に左右されない姿勢を持ち続けられ、それが『三国志』の公平な記述にもつながりました。
4. 新しい時代を築くために、晋は過去を振り返る本を必要としていた
晋は長い戦乱の時代を終わらせ、国を一つにまとめる必要がありました。そのため、これまでの混乱をきちんと整理し、新しい世の中の基準となるような歴史の本が求められており、『三国志』は単に戦いの話を集めたものではなく、正しい行動や政治のあり方を伝える信頼できる記録として受け入れられました。
まとめ
陳寿が『三国志』を完成できたのは、自分の努力だけでなく、晋が国を統一したこと、宮中で歴史を書く仕事に就けたこと、良い先生に出会えたこと、そして新しい時代にふさわしい歴史が必要とされていたことなど、さまざまな条件が重なった結果です。つまり、『三国志』は三国時代が終わったからこそ書かれた、中国の歴史の中でとても大切な記録といえます。








